Program Information

プログラム紹介

華麗なるガラ・コンサート兵士の物語動物の謝肉祭

華麗なるガラ・コンサート

 

「クラシック音楽が世界をつなぐ」は、困難な状況におかれたクラシック音楽界を活性化させるために、一般社団法人日本クラシック音楽事業協会 が企画した全国規模の公演プロジェクト。 文化庁の「大規模かつ質の高い文化芸術活動を核としたアートキャラバン事業」の一環で、全国13か所19 公演が今年9月~12月に行われ、 トップ・アーティストから最近のコンクール優勝・上位入賞者まで、多彩なアーティストがこのプロジェクトに登場します。 プログラムは、 華やかなピアノ協奏曲のフィナーレやラヴェル〈ボレロ〉、オペラのアリアなど古今東西のクラシック音楽の名曲に続き、ベートーヴェン の「第九」第4楽章で普遍的な人間愛を高らかに謳歌します。 精鋭を集めた特別編成のオーケストラと合唱、そして人気・実力を兼ね備えたソリスト 陣が多数出演する、このプロジェクトでしか味わうことのできない、絢爛豪華なガラ・コンサートです。 コンサートホールで、心ゆくまで音楽をお楽しみください。

文 道下京子

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実録:ストラヴィンスキーと「兵士の物語」

ひのまどか(音楽作家)

今年は作曲家ストラヴィンスキーの没後50 周年に当たります。1971 年に88歳で没したストラヴィンスキーは、正に20世紀を生きた人。そして第一次世界大戦、第二次世界大戦に遭遇した人でした。その第一次世界大戦が勃発した1914年夏、ストラヴィンスキーはスイスにいました。ロシア人の彼がこの時期なぜスイスに?当時彼は32歳。4年前から毎年のようにパリで発表したバレエ「火の鳥」「ペトルーシカ」「春の祭典」でヨーロッパ楽界の寵児になり、ロシア・バレエ団を率いる名興行師ディアギレフと組んでヨーロッパ制覇を目指していたのです。そこに降って湧いたのが、世界大戦。ロシア・バレエ団の公演は停止に追い込まれ、ストラヴィンスキーも生活に困窮しました。

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しかし生来エネルギッシュで、どんな苦境にあっても創作意欲旺盛な彼は、大戦末期の1918年にどこでも上演可能な「兵士の物語」を作って、ヨーロッパ全土の巡演を計画しました。正に百年前の“クラシック・キャラバン’'です。ところが無事上演できたのは9月にスイスで行われた初演だけ。この年の春から全世界を襲った恐ろしい「スペイン風邪」(インフルエンザ・ウィルス)が災いして計画は頓挫、彼も周囲の人もこの疫病に倒れたのでした。

戦禍もウィルス禍も繰り返す。そのような時音楽家はどう生きれば良いのか?の答えが「兵士の物語」にあります。ストラヴィンスキーはあらゆる状況に備えて音楽家は指揮者と奏者7 名、役者も基本的に語り手、兵士、悪魔の3 役に絞りましたが、これを1 人で演じてもよし。今回はこの“1 人3役版’'を、名優・榎木孝明さん(沖縄・大阪)と高橋克典さん(東京)が音楽と一体になって熱演します。兵士と悪魔が織り成す奇想天外な物語。作品誕生の背景を知ってご覧になると一層楽しめるでしょう。


あらすじと解説

飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)

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物語の主人公は休暇をとって故郷へ向かう兵士。兵士が一休みしてヴァイオリンを弾いていると、老人になりすました悪魔がやってくる。悪魔は「金のなる本」とヴァイオリンの交換を持ちかける。兵士は悪魔の家に誘われ、3 日間、ヴァイオリンの弾き方を教える。しかしその間に故郷では3 年の月日が流れ、婚約者は別の男と結婚していた。兵士は商人となって富を得るが、心は満たされない。そして旅に出ると、ある王女が謎の病に伏しており、病を治した者は王女と結婚できると知る。兵士は医者を騒って王宮に向かう。そこにはヴァイオリンを手にした悪魔の姿があった。兵士は悪魔からヴァイオリンを取り戻し、これを演奏して王女の病を癒す。兵士は王女とめでたく結ばれるのだが……。

題材となったのはロシア民話「脱走兵と悪魔」。これに台本作家ラミュが独自の要素を加えて、普遍的な物語に仕立てている。初演は1918 年。第一次世界大戦とスペイン風邪の流行により停滞した音楽界にあって、ストラヴィンスキーは少人数で上演可能な舞台作品として「兵士の物語」を考案した。クラリネット、ファゴット、トランペット、トロンボーン、ヴァイオリン、コントラバス、打楽器という限られた楽器編成を逆手にとった音色の組合せのおもしろさ、鮮やかでシャープな響き、行進曲と舞曲を中心とした明快な曲想と乾いたユーモアが聴き手を魅了する。

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さまざまな動物たちの生態がユーモアたっぷりに音楽で描かれる

伊熊よし子(音楽評論家)

シャルル・カミーュ・サン=サーンスが、友人のチェリスト、シャルル・ルブークに依頼されて作曲した室内アンサンブルのための「動物の謝肉祭」は、サン=サーンスが2 台のピア人フルート、クラリネット、グラスハーモニカ、シロフォン、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスなどの室内アンサンブルのために書いた作品である。

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1886年、サン=サーンスは保養のためにオーストリアのクルディムという町を訪れ、ここで行われるマルディ・グラ(謝肉祭の最終日)のコンサートのためにこの作品を書いている。私的初演は1886年のこのコンサートで、公開初演はサン=サーンスの死後1922年になってから行われた。

なぜなら、サン=サーンスは、生前この組曲の出版を許可しなかったからである。この公開初演はオーケストラの演奏によって行われたため、以後は管弦楽曲しても知られるところとなった。

これは全14 曲からなる組曲で、タイトルが示すようにさまざまな動物たちの生態がユーモアたっぷりに音楽で描かれ、次々に動物がいろんな楽器の音色よって登場してくる。

第1 曲「序奏と獅子王の行進曲」、第2 曲「雌鶏と雄鶏」、第3 曲「螺馬」、第4 曲「亀」、第5 曲「象」、第6 曲「カンガルー」、第7 曲「水族館」、第8 曲「耳の長い登場人物」、第9 曲「森の奥のカッコウ」、第10 曲「大きな鳥籠」第11 曲「ピアニスト」、第12 曲「化石」、第13 曲「白烏」、第14 曲「終曲」という構成。

有名な「白鳥」は涼味あふれる水面をほうふつとさせるピアノ伴奏に乗り、優雅に泳ぐ白鳥の様子をチェロが美しい旋律で表現。ピアノのアルペジオは湖面の美しいさざ波を描写している。ぜひ、動物の様子を想像し、サン=サーンスの天才性あふれる創造力に酔いたい。

21作品誕生の背景を知ってご覧になると一層楽しめるでしょう。

サン=サーンスについて

林田直樹(音楽ジャーナリスト・評論家)

没後100年を迎えたフランスの作曲家カミーユ・サン=サーンス(1835-1921) は、いま最も再評価したい一人である。

交響曲第3 番「オルガン付き」、「死と舞踏」、「序奏とロンド・カプリチオーソ」、オペラ「サムソンとデリラ」、そして晩年の名作「クラリネット・ソナタ」など、幅広い作品群に共通するのは、耳にすんなりとなじむ抒情的な旋律、透明感ある響き、わかりやすく明快な様式美である。

それを言い換えるなら、18世紀のモーツァルト的な美学を、19世紀ロマン派の時代へと継承し、20世紀初頭に至るまで、ぶれずに保ち続けたということである。反発を受けることも多かったが、誰も無視できないほど大きな存在でもあった。

サン=サーンスは音楽家としてのみならず、詩人、戯曲作家、天文学者、哲学者、自然科学者、考古学者、民族学者、漫画家、旅行家、文筆家でもあり、広大な領域にわたって知的な探求活動をおこなったスケール大きな人物でもあった。その全貌はいまだ謎に包まれている。

ともかく、先入観抜きにサン=サーンスの音楽をもっと聴いてみよう。そこから聴こえてくる—折り目正しく、無駄がなく、機知に富み、主観に溺れすぎず、常にバランスを保とうとする精神—は、いまこそ新しい。